続くお笑いブーム

2000年、2008年現在まで続くお笑いブーム(第五世代)が起こった理由としては、芸人大量供給・大量消費の体制が受け入れられたことが挙げられる。吉本興業のNSCや人力舎のJCAをはじめとするお笑い芸人を養成する学校が次々とできた。


『爆笑オンエアバトル』(NHK)、『エンタの神様』(日本テレビ)、『M-1グランプリ』(朝日放送)などをはじめとする「ネタ見せ」番組が増えた。第四世代はロケーションや構成中心であったのと対照的である。


もちろん、前回のブームから世代のサイクルが一回りし、若者にとって身近に感じやすい同世代の芸人がまとまって取り上げられることもある。

お笑いタレントが好き

バラエティ番組におけるお笑いタレントは、司会者やそのアシスタント、レポーター、クイズの解答者などの立場で出演し、面白いことを言ったり、なにかの行為をする際に失敗してみせたりすることで、笑いを誘発する。これにより視聴者に対し、番組進行のテンポ的起伏、番組で扱う事物への客観性、番組内容への感情移入のしやすさなどを提供する。


バラエティ番組に多く出演し、それなりの芸歴になるとネタをしなくなる傾向がある。だが、ベテランとなっても定期的にライブを行ったり、テレビ番組などでネタを披露したり、作品をリリースすることに拘るお笑いタレントもいる(爆笑問題、さまぁずなど)。


デビューしてもテレビ番組に出演できるお笑いタレントは少数の厳しい世界である為、デビューして出世、成功したお笑いタレントは、ほんの一握りである。この為、いい思いをしてきた大御所芸人でさえ弟子入り志願者に対し上記の理由を挙げ丁重に断る場合が多いとされている。ビートたけしはかつて「俺はどんなに見込みや才能がない奴でも本人が志願すれば一定期間面倒を見てきた。世間はボランティアなんていうが俺ほどのボランティアはいないな」という趣旨の文章を「週刊ポスト」の連載や著書で書いていたが、たけしのような例は稀であると思われる。

お笑い芸人はんにゃ最高!

NSCで出会い、アドリブで合同コントをする授業を二人でやったところウケたのがきっかけで、2005年にコンビを結成した。しかし、年が4歳も離れていて、2人の話題はあまり合わないため楽屋で一緒にいることはめったにない。
NSC時代にやっていた「ソルジャー漫才」が大人気を博し、同期のオリエンタルラジオの「武勇伝」と人気を二分していた。ところがNSCの卒業公演で、はんにゃがトリを務めるが、川島がテンパってネタが飛んでしまい漫才は大失敗、観客投票で5位に終わる。1位はオリラジで、これによって2組の差が開いてしまい、この頃から川島と金田の立場が逆転する。その後オリラジがブレイクし、オリラジの番組でバックダンサーをやるという屈辱を味わった。そしてコントにシフトチェンジするため、ソルジャー漫才を封印する。


「爆笑レッドカーペット」に出演したことで知名度が上がり、徐々にテレビ出演の機会も増えている。
コンビ名の由来については、他のコンビのようにカタカナや英語などではなく和風の名前を付けたいということで考えた結果、一番しっくり来たのが「般若」という言葉であり、仏教のイメージを払拭するためにそれを平仮名書きにしたということである。単純にカタカナや横文字が苦手だとも語っている。



しかし、2009年4月に『笑っていいとも!』に出演した際、タモリから「般若」は元々、サンスクリット語であり純粋な日本語ではないと指摘され、さらに「最高の知恵」という意味だと教えてもらった(この時、「般若」以外の候補に「写楽」があったと発言していることから、能における般若面の「般若」から取ってきているものと思われる)。
2008年にしずる・ジャルジャルとの合同で「劇団ジョセフィーヌ」を結成。金田はジョセフィーヌ、川島は新入部員を演じている。